会えなくたって今でも想ってるよ

ワンコ, エッセイ

うちには5頭のミニチュアダックスフンド(+カニンヘンダックスフンド)がいる。
ずっとワンコの話を書きたかったのだけれど、「犬が居る生活のメリット・デメリット」なんて記事は巷には溢れかえっているので、今更わたしがわざわざ書く必要もないような気がした。

だから今日はうちの子の話をしよう。
虹の橋を渡ってしまった、くーちゃんの話を。

くーとの出会い

高校を卒業してから、わたしは繁殖場で働いていた。
今ならそんなところで働くなと言えるけれど、当時のわたしはとにかく犬猫と触れ合いたかった。
高校生活で色々あったせいで、人間と極力関わりたくなかったのだ。

繁華街から少し離れた場所にあるビルの一室。
そこで産まれたのがくーだった。

生まれもったハンデ

くーが生まれて2か月後のことだった。

「この子水頭症やな。落とすしかないな」
繁殖場のオーナーがくーを見てこう言ったのだ。

水頭症とは脳の周りの髄液が頭蓋内に過剰にたまってしまい、脳が圧迫を受けて様々な症状が出てしまう病気。
そして落とすとは殺すということ。

確かにくーはおかしかった。
暇があればぐるぐるその場で回っているし、抱き上げるとパニックを起こす。
目も見えていないようで、回りながらどこかにぶつかる。

でも産まれて2か月世話をしていた子。障害があったって可愛いものは可愛い。
オーナーの言葉に息が詰まった。

そんなわたしの様子を見てオーナーは笑って言った。
「引き取る?無料でええで」

一緒に帰ろう

「連れて帰ります」
オーナーに笑みを返すことなく、わたしは言った。

素人目に見てもくーの水頭症は重度で、きっと長くは生きられない。
でもこんなところで死なせるより、もっと愛情に包まれてから犬生を全うして欲しかった。
この子はまだ何も経験していない。
太陽の匂いを感じることも、美味しいものを食べることも、人間とたくさん触れ合うことも。

仕事を終えてから仔犬を入れる段ボールを貰い、わたしはくーと一緒に帰路についた。

そうして、わたしとくーは家族になったのだ。

くーとの生活

朝はくーに噛まれるところから始まる。
ぐるぐる回るくーがわたしにぶつかり、驚いて噛むのだ。
乳歯だからこれが結構痛い。

時折てんかんの発作で倒れる。
その度にきっと意味はないのだろうと思いつつも、落ち着くまで背中を擦ってあげる。
発作が終わるとまた何事もなかったかのように、くーはふらふらと部屋の中を歩き始めるのだ。

抱き上げると悲鳴を上げて暴れまわるので、とてもじゃないけどグルーミングなんて出来ない。
しかし彼はトイプードル、トリミングが必須の犬種。
この先伸びていくであろう体毛をどうするか頭を悩ませていた。

ただ食欲は旺盛で、先住犬に勝るとも劣らないご飯の食いっぷりだった。
おやつをあげているときだけは触ってもパニックを起こさないので、それが唯一触れ合える時間。

突然の別れ

その日はたまたまくーと仕事に行かない日だった。
帰宅したわたしの目に飛び込んできたのは、部屋の真ん中で倒れていたくー。

急いで抱き上げてもいつものように暴れまわることなく、ただ成されるがままのくーの身体。
目も少し開いたままで、生気はまるで感じられなかった。
そして、体毛越しにじわっと感じる温かさもなくなっていた。

ただただ泣いた。
二度と動くことのないくーの亡骸を抱いて。

彼はどんな最期だったんだろうか。
苦しかっただろうか。
痛かっただろうか。
引き取ったのは正解だったのだろうか。
苦しい時間を長引かせただけだったのではないのだろうか。

わたしと暮らした半年は楽しかっただろうか。

わたしは、後悔ばかりだ。

心のしこり

くーの死から5年経ってもまだ、わたしはくーの死から立ち直れずにいた。

そんなある日、友人が突然わたしに言った。
「白くてキラキラしたのがずっとまぐろちゃんの周りにおる」

霊視というヤツなのだろうか。
霊感とか幽霊とか、そういうものを全く信じていなかったわたしは、半信半疑で彼女の話を聞いた。
もちろん、彼女にくーの話をしたことはない。

「悲しまないでって言ってる。誰のせいでもないって言ってる。あと楽しかったって。お肉美味しかったって」

果たして彼女の言葉は本当にくーの言葉だったのか、それはわたしにはわからない。

ちなみに彼女はわたしの母を見て
「お母さん、お腹の下あたりに黒いもやもや見えるから気を付けた方がいいよ」
と言った。
その後しばらくしてから母に子宮筋腫が見つかったのだから、きっと彼女が代弁してくれたくーの言葉はホンモノなんだろう。

ご飯のトッピングのお肉が美味しいと言ったのは、何とも食いしん坊のくーらしいとも思うのだ。

くーに想うこと

正直、可哀想という気持ちだけで引き取ったけれど、くーとの生活は何だかんだで楽しかった。
たった半年。されど半年。彼はわたしの可愛い息子であることに変わりはない。
毎朝鼻を噛まれたあの感覚は10数年経った今でも思い出せる。

きっとわたしが逝くまでくーは虹の橋で待っていてくれているだろう。

会えた時にはいっぱい話をしてあげよう。
楽しかったことも辛かったことも、頑張ったことも、余すことなく全て。

そのためにわたしは今日も生きるのだ。

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