家族って、夫婦って、何なんだろう?

エッセイ

旦那と結婚してから家族って何だろうと思うようになった。
産まれも育ちも違う血の繋がりのない2人が「病めるときも健やかなるときも、愛を持って生涯支えあう事を誓い合う」のだ。

残念ながらわたしの両親はその誓いを破った。
3年前に離婚したから。

今日はわたしの父親の話と、家族の話。

父親の単身赴任

転職したばかりだった父親は、異動で関東へと一人旅立った。
最初の頃は月1回ほど戻ってきていたが、年数が経つにつれてだんだんと帰ってくる回数も減っていった。
母とは電話やメールのやり取りをしていたらしいけれど、その回数も減っていった。

そんな中、一度父に会うために妹と一緒に関東へ行った。
せっかくだからディズニーランドで1日遊ぼうということになっていた。
しかしアトラクション並んでいる間、父はずっと携帯を触っていたのだ。
この時にわたしは

まぐろ
まぐろ
ああ、もう終わりだな

と思った。

だって久しぶりに娘に会ったというのに会話も程々に携帯をずっと触ってるなんてことある?
反抗期の子どもかよ。
わたしのことはそんな好きでないにしろ、妹のことは溺愛していたのに。

小さな事かもしれない。
ただ小さな事がわたしに「父親ってなんなの」「家族ってなんなの」と思わせたのは間違いない。

母親の手術

ある日母親が「トイレしたいのに出にくい」と言い出した。
閉尿感は1か月程続き、最終的にどれだけ頑張っても一切出なくなってしまい、救急車で運ばれた。
夜中だったせいもあり、詳しい検査は出来ずに導尿だけで帰されたが、後日検査を受けて子宮筋腫だとの診断。

子宮筋腫は珍しくない腫瘍です。小さなものも含めると、30歳以上の女性の20-30%にみられます。がん(悪性の腫瘍)ではありませんが、貧血や痛みなど様々な症状の原因となります。筋腫は卵巣から分泌される女性ホルモンによって大きくなります。閉経すると、逆に小さくなります。複数個できることが多く、数や大きさはさまざまです。大きさやできる場所によって症状が違ってきます。できる場所によって、子宮の内側(粘膜下筋腫)、子宮の筋肉の中(筋層内筋腫)、子宮の外側(漿膜下筋腫)に分けられます。
引用:公益社団法人 日本産科婦人科学会

母の筋腫はお腹の上から触ってもわかるぐらいに大きくなっていた。
温存する理由もないし、と母は子宮全摘出手術を受けることに。

手術の日、わたしは仕事を休んで立ち会った。
病院に着くと祖母も叔母も居たので、母もわたし1人より心強かっただろう。

当然、父は来ていなかった。
手術日も病院も全部知らせていたのに。
母は「仕事あるし、しゃあないよ」と笑っていたけれど、母の気持ちを想うとただ悲しかった。
人生の伴侶が、自分の手術という大変な日に来てくれないなんて。
わたしよりもほんとは父に来て欲しかったんじゃないの?

わたしは父に対して益々不信感を募らせた。

補足として母の筋腫はめっちゃデカかった。ソフトボールぐらい。
「中も見る?」と先生がジョキジョキ切って見せてくれたけれど、あの切る音は未だに忘れられない。
内臓切る音って滅多に聞けないもんな~!
貴重な体験をありがとう(ポジティブ)。

父親の不倫を知った

色々と思うところがあったわたし。
悔しい事にこういう勘だけはとってもいいのだ。
そこで調べ上げたのが父親のブログとヤフオクアカウント。

単身赴任してすぐにある女の人に恋をして、更には失恋していたのがわかった。
現在女の人と小学生の女の子と一緒に住んでいるであろうこともわかった。
わたしたちに教えている住所と実際に住んでいる住所が違うこともわかった。

調べている最中は高揚感に駆られていたけれど、パソコンを閉じて襲ってきたのはとんでもない虚無感。

小さい頃に遊園地に連れて行ってくれた父親はもういない。
反抗期真っ最中に「俺はお前の味方やろ!」と言ってくれた父親はもういない。
わたしたちはもう彼の中で家族ではないのだ。

母親の決断

手術から数年後、「離婚しようと思うねん」と母は言った。
「籍入れててもお父さん帰ってけえへんし、家のローンも払ってくれへんし、得なこといっこもない」と。
結婚生活を損得勘定で考え出すともう終わりだと思った。
そして父と結婚しているのはわたしではないので、別に反対する理由は見つからなかった。

しかし妹は違ったらしい。
どうやら父親の事は好きだったようで、号泣しながら反対したのだ。
血も涙もないと思っていた妹が、家族がバラバラになるのは嫌だと。

妹と2人になった時にわたしは父の話をした。
バラバラになるんじゃない、もうなっているということ。
わたしたちの父親は、他の人の父親になってしまっているということ。

妹は言った。
「えー!!何それスゲー!どうやって調べたん!?探偵みたい!すごい!」

食い付く場所が違う……!!!!!

そして妹と相談して、母にも父の現状を告げることにした。
慰謝料請求するのなら探偵を雇えばいいし、何ならわたしがこっそり見に行ってもいい。
しかし母は「慰謝料とかいらないから、早く離婚したい」と。
母がそう言うのならもうそれ以上わたしから何も言うことはなかった。

ただローンの話や保険の話もあるので弁護士さんは挟むことになったが、父と母は会うこともなく話は進んだ。
しかし婚姻届より先に離婚届に触れることになるとは思わなかったわ(証人になった)。

そうしてわたしの両親は実にあっけなく、25年の結婚生活に幕を閉じた。

久しぶりの連絡

両親の離婚から半年~1年ほど経ったある日、父からメールが来た。
要約すると「役所に行って分籍して欲しい、妹にも言っておいて」と。

まぐろ
まぐろ
……再婚したいのね

ローンが何ちゃらとか言っていたけど、絶対違うだろ。

「役所に行くには仕事休まなあかんし、役所も遠いから日給と交通費くれ。あと妹には自分で言え」と返した。
電話して言いたかったけど何せ電話に出ないもんで(電話にでんわというダジャレが浮かんだ)(絶対言うたらあかんとこ)。

すると「役所に確認したら土日も開庁しているみたいです」と。

おまっ……!!
わたしの電話に出ないくせに役所にはちゃっかり電話してんじゃねーよ!!!

妹にわたしと同じ文面で分籍をお願いしたらしいが、妹は「何で?何のために?理由をちゃんと言って。電話で」と返したらしい。
多分妹はおバカだからわたしから「お父さんが分籍して言うてるで~」って言ったら即OKすると思ったんだろうな。
そういうところ、妹はわたし以上にちゃんとしてるぞ。
何というか……自分の子どもをバカにし過ぎだ。

ちなみに妹の質問攻めのメールに返事はなかったらしい。
未だに妹は分籍していないし、父から連絡もない。

……一体何だったんだろう。

家族って、何?

これがここ数年に起こったある家族のお話。

旦那と結婚した時にショートメッセージを入れたが、返事はなかった。
キャリアメールに関してはメールデーモンで返ってきた。
これがわたしにとって「父を父と思える最後のチャンス」だったのだが、わたしが結婚しようがどうしようが、父にはどうでもいいことだったのだろうか。
離婚手続き中に父が弁護士さんに言った「娘が許してくれた時には会いたいと思う」と言った言葉は、その場凌ぎの嘘だったのだろうか。

多分、もう一生会うことはないだろう。
だってわたしは許すことは出来ないんだから。
捨てられたという思いはずっと残る。

父に思うことと言えば一つだけ。

不幸になればいい……。

わたしを悲しませた人に対して幸せを願うなんて、残念ながらそんなに人間出来てないんだ。
旦那曰くわたしは根性腐ってるらしいからね。
……誰が根性ババやねん。

人の不幸の上に立った幸せなんてはりぼてなんだよ。

何だかものすごいわたしの中の黒い部分が出てしまったなー。
クロまぐろですね!!!!!(やかましわ)(太字で言うことか)

でも文章にすることで少し溜飲が下がったような気がする。
明日は楽しい記事を書こう。

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